13.プロスケーターへ
半年が経った。 夏、ユキの姿はカナダにあった。 コーチや家族の後押しもあって、カナダのトロントへやってきていた。 しかし、今回はコロラドスプリングスの時のような気持ちになれなかった。いろいろ試してはみたが、競技生活を続けるための方策が見つからなかった。そうこうしているうちに、自分でも気がつかないうちに、ユキは目標を失いつつあった。 季節はめぐり、初秋のある日に、突然ボールドウィンがやってきた。 「ユキ、キミは、ホントにこのままでいいのか」 「何を言ってるの。私は、こうやってがんばってるのに」 「いや、キミがホントにやりたいスケートは、今のスケートなのか」 「そんなことは、わかってるわ。でも、しょうがないじゃないの。基準がそうなんだから」 「いや、ボクはそんなことを言ってるんじゃないんだ。本当のフィギュアって、一体何なんだろう。採点基準にあわせて滑ることなのか、あるいはアイスショーでウケを取ることなのだろうか」 「・・・」 「その答えを世界で一番認識しているのは、キミ自身じゃないかと、ボクは思うんだ」 ユキの頭の中は、一瞬真っ白になり、沈黙の時間が流れた。 「わかったわ。あなたの言いたいことは。確かに、私はいつの間にか一番大切なことを忘れていたのね」 「ホントのことを言うと、あの時ボクはキミを愛し始めていた。しかし、それ以上にボクの中でキミに失って欲しくないものがあることに気づいたんだ」 「ボク達は、競技生活を引退することにしたんだ。その原因は、キミの演技を見てしまったからなんだ」 「あくまでも、美を追求していたキミの姿を。採点基準がどうであろうと。今のキミは、あまりにも競技に目を奪われすぎて、世界で一番輝いているはずのスケーティングを失おうとしている。確かに、キミの足首は競技を続けるために大きなハンディだけど、キミの柔らかさは、最大の武器なんだよ」 「も、もう、言わないで。わかって、わかっていたけど、わかっていたけど・・・」 「そうだね、それを口に出したくても、出さずにキミは頑張ってきたんだからね」 「うっ、うっ」 「もう、いいだろ」 ユキは、思わず、ボールドウィンの胸に泣き崩れた。 アリーナ席から、ボールドウィンのパートナーも目を潤ませながら、その様子を見ていた。 「いいんだよ。もう、ユキ。十分頑張ったんだからというより、キミはホントに頑張るべき世界へ向かって羽ばたくんだよ」 「うん、うん」 11月26日、22才の誕生日、ユキは心から、やり残したことはないと思えるようになっていた。そして、静かに、競技生活に終止符を打った。
14.エピローグ
競技生活を終え、2年の月日が流れた。 ユキは、アイスショーのリンクに立っていた。 観客席から、「ユキちゃーん」という子供たちの声がリンクにこだまする。 ユキは、子供たちに手を振って応えたあとポジションをとる。 ミュージックスタート・・・
エクセレントスピンー栄光なき天才スケーター 了 (原稿用紙換算:約77枚)
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