4.3回転とレイバックスピン
「ユキ、最近、どうしたんや。中学になってから元気ないな」 「あっ、お兄ちゃん。うん、私ね、スケーティング技術は、誰にも負けへん自信はあるんやけど、どうしても大会になると名古屋の子らには勝てへんし。原因は、お兄ちゃんにもわかってると思うけど」 「そうだな。そこは、コーチもよくわかっていると思うんだけどなぁ」 「うん。でも、コーチは、なんかあんまり私にジャンプをさせたがらへんのや」 「ほな、オレがいっしょに聞いたるわ」
「コーチ、ユキがもっとジャンプやりたい言うてんねんけど、どやろか」 「そやな。その気持ちは、ようわかってるんやけどな。あんな、ユキもよう聞いといてほしいんやけどな」 「フィギュアはな、2回転ジャンプまでやったら誰がチャレンジしても、問題ないんや。そやけど3回転以上になるとなジャンプ力やバランスだけでのうてな、個人それぞれの肉体的な限界がでてくるかもしれんのや。特にユキのように人より柔軟性がある子は、それが武器やけど、ジャンプではハンディになるかもしれへんねん」 「そんなん、やってみなわからへんやん。コーチ、教えてえや」 「・・・。ユキが言い出したら、もう、後へはひかへんのは、私もようわかってる。そやけど、私の言うことをよう聞いて約束してな。関節、特に足のどっかの関節が痛くなり始めたら、無理せんとあきらめるんやで。そうせえへんかったら、あんたの足使えへんようになるかもしれへんよて」 「はい。コーチ」 曇りがちだったユキの顔に、満面の笑顔が戻ってきた。 しかし、海野コーチによるレッスンは、ジャンプよりスケーティングに重点が置かれていた。せっかく、3回転ジャンプの封印が解かれたユキではあったが、悶々とした日々が続いていた。 そんなユキを見かねた大輔は、夏休みにジャンプを得意にしているスケート友達の武田を紹介してやることにした。武田とは、関西のフィギュアの大会で出会って、たまたま友達になった大輔と同学年の高校2年生だった。大会では、トップクラスまではいかなかったが、3回転ジャンプは一通りこなせる力は持っていた。 「ユキ。どうや、あの武田いうやつ紹介したろか」 「お兄ちゃん。いきなり、何言うてるんや」 「あほ。何勘違いしてんねん。おまえが、ジャンプで悶々としてるから、言うとんのや」 「何や」 「何やは、ないやろ」 ユキは2重の意味で、大喜びだった。武田は、結構ユキのタイプでもあった。 「ほな、今度の日曜日、あいつのホームグラウンドの大阪のリンクで約束とったるわ」 「うん」 それから時々、その大阪のリンクに、ユキの姿があった。
中学生になったユキに、自然な形でバレエの所作と、競技で戦うための3回転ジャンプが融合されていった。 その冬のシーズン、フィギュアスケート界では、ユキの存在が知れ渡るようになっていた。3回転ジャンプを跳ぶ選手はいくらでもいたが、ジュニアの中に超ハイレベルのレイバックスピンを舞う選手がいると。 海野コーチにとっては、手放しで喜ぶことはできなかったが。
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