5.新イナバウア
フィギュアとバレエに、ジャンプレッスンが加わり、すべての日々をそれらに費やして、中学2年の冬のシーズンが訪れた。 武田も高校3年生の夏、競技者としてフィギュアは退き、大学受験生となっていた。 夏のある日、ユキは、武田から大阪のリンクへ呼び出された。 「ユキちゃん、もう、あまりいっしょに練習できなくなっちゃったけど、今日が最後だよ」 「はい。武田さんのおかげで、私は全日本ジュニアで戦えるレベルまで成長できました。ほんとに、どうお礼を言っていいのかわからないくらいです」 「いや。ボクもユキちゃんから、本物のフィギュアを教えてもらって心から感謝しているよ。ユキちゃんに会わなければ、大学入ってからもスケート続けようなんて思わなかったよ。最後にお願いがあるんだ」 「私にできることだったら、なんでも」 「最後に、ユキちゃんのレイバックスピンとイナバウアをこの目に、しっかりやきつけておきたいんだ。また、スケートをやる時まで」 「はい。わかりました」 ユキが、舞い始めた。 リンクにいた人達の動作が止まり、視線がユキに釘付けとなった。 武田に教わったトリプルルッツが決まると、割れんばかりの拍手が沸き起こった。 更に、スパイラルからレイバックスピンへ。 再び拍手の渦。 流れるように、様々なスパイラルとスピンとイナバウア。 最後に、武田のために自分でも初めてレイバックイナバウアが自然と演じられた。 リンクは、今まで誰も見たことのない反り返りながらのイナバウアの美しいフォルムに一瞬静まり返った。 武田には日本のフィギュアスケートが大きな変革がもたらされた瞬間であるかのように感じられた。
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