7.ヨーロッパデビュー
「いやぁ。初めての海外旅行やし、うれしいな」 「あほ、何言うてんねん。遊びに行くうんとちゃうやろ」 「アーララ、お兄ちゃん、何ひがんでるんや」 「あほ。ひがんでなんかないわ」 「ユキ、あんた、世界の檜舞台に選んでもろて行くんやから、しっかり体調整えて万全のコンディションで行かなあかんで。特に、あんたは、食べ物とか気をつけな、太りやすいし。それから、こんど行くソフィアは、ブルガリアやから向こうでヨーグルトとか食べ過ぎたらあかんで。試合終わってからにしいや。それから、水道の水は絶対飲んだらあかんで。 それから、・・・」 「おかあさん、そんな言わんかて、ようわかってるわ。私は、ほんとはすごい不安やねんけど、それに心を支配されんように、明るくコントロールしようとしてるんや」 「ほんまか。食べもん、気いつけや」 「ホンマにしつこいわ」 「ユキ。そろそろ登乗時間やわ。海野コーチも合図してきたわ」 「ほな行ってくるわ」 「気い付けてな」 「がんばって来いよ」 「行ってきまーす」
「ふー。やっと着いたわ」 「いよいよやね。ユキ」 「はい、海野コーチ」 「こっちは何言うたって、日本とちゃうし。やっぱり、前に言うたとおり採点基準が違うのはホンマみたいやわ」 「ふーん」 「私の見たところ、ユキが普段通り、あんたが考えてるスケーティングができたら、ええとこ食い込めるかもしれへんで。まあ、今日はとにかく、時差調整やな」 2人は、他の参加メンバとともに宿泊するホテルへ向かい、翌日の試合に備えた。 「さあ、行っておいで。私のユキ」 「はい」 ユキは、勢い良くリンクへ飛び出した。 ユキの世界デビューショートプログラムは、新しい形のフラメンコとともにスタートした。 ユキのスケーティングが始まると会場は、いきなり静まり返った。 ほとんど音がしないエッジワークに、しなやかでかつ大胆に揺れ動く、曲線美を追求した上半身の流れ。 最初の3回転ジャンプが決まった。 会場全体が、我を思い出したかのように、拍手に包まれた。 この瞬間に、ユキはヨーロッパで伝説のスケータとして歴史を刻み始めることになった。 ユキは、スケーティングに集中しながらも思った。 「何や。この人たちは」 「私のスケーティングをほんまにわかってくれてるんやろうか」 「日本やったら、ジャンプ跳んだら大喜びで、後はほとんど知らん顔みたいなもんや」 「よっし。思いっきり、やったろうやろうやないか。私のスケーティングを」 「海野コーチから、採点に関係ないから言うてとめられてたあれもやったろ」 後半に差し掛かったところで、スパイラルからレイバックイナバウア。 ジャンプでもないのに、会場は静まり返った後、また拍手の渦となった。 そして、最後のステップを終えて、レイバックスピンが決まると、観客は総立ちで、ユキへ惜しみない拍手を送った。
そして、フリープログラムでも観客のハートを鷲掴みにしたユキは、海野コーチとキス&クライへ座った。 海野コーチが耳元で囁く。 「ひょっとしたら、ひょっとするかもしらんで。ショートで1位やったし」 「うん」 「あんたには、やられたな」 「えっ、何を」 「決まっとるやないの。あんたのスケートをや」 「ふふ。ここの人たちはスケートをよう知ってるはるわ。日本と違って」 「もう、スコアでるわ」
会場から、大歓声が沸き起こった。 「ええ。コーチ、ホンマかいな。夢でもみてるんちゃうやろか」 「何言うてんの。夢ちゃうわ。優勝や」 ユキは、立ち上がって、観客に向かて手を振って、声援に応えた。
ユキは、次のスウェーデンの大会でも4位にはいり、世界ジュニアグランプリのファイナルにも出場することができた。しかし、世界ジュニアグランプリのファイナルでは、ジャンプでの転倒が多く6位になってしまった。そんな中、他の日本人選手2人が1位と3位で 目の前で、ユキの大好きなエキシビジョンを見せつけられることになり、悔しいシーズンの幕切れとなった。 「私のホンマの勝負は、エキシビジョンやのに。それに出られへんなんて、絶対許されへん。来シーズンは、絶対やったるねん」 ユキは、文字通り悔しさをバネに、練習に励んだ。
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